安全な家を建てるならRCdesign

くもり時々晴れたり降ったりの東京です。

そんな今日は朝から資料作成、大工さんと打ち合わせ、ミーティング、千代田区岩本町計画検討、見積作成、渋谷区東計画検討、杭屋さんと電話、足立区足立計画検討、蓮根の不動産会社さんと電話など。

午後は豊島区池袋本町計画検討、資料作成、文京区千石計画検討、電気屋さんと電話、設備屋さんと電話、賃貸管理業務、お問合せ対応、リフォーム工事計画検討、台東区東浅草計画検討など。夕方はミーティング、設備屋さん来社打ち合わせ、面談、資料作成など。

今年は桜を楽しまれた方も多かったのではないかと思います。雨と風が強くなりませんように。

ではこちら。

「20年ローンが40秒で消えた…」台湾地震被害の夫婦が口にした「日本への感謝」

今月3日、台湾東部沖を震源とした地震が発生した。被害を受けた東部の都市「花蓮(かれん)」を訪れて驚いたのは、ほとんどの建物が「無傷」で残っていたこと。

一方で、数は少ないが、大きく傾いたり、ぺしゃんこにつぶれたりした建物もあった。一瞬で生活を奪われた夫婦から、意外な言葉を受け取った。
2024年4月7日 13時17分 テレ朝news

なるほど。

日々現地の様子が伝えられていますが、改めてそのエネルギーの大きさと被害状況に言葉を失ってしまいます。

そんな中でも台湾に暮らす人たちはとても強く、早くも復興に向けた動きが各所で始められているということです。

記事にあったのは、ビルが倒壊の危険があるため、取り壊しが決まったということ。住民に「15分」だけ部屋に戻る猶予を与え、その間に必要なものをとってきていいという方式をとったということだったそうです。

少しすると、「ピピピピ!」あたりにスマホのアラーム音が鳴り響く。終了の合図だ。十数人の住民が両手に荷物を抱えて慌てて入り口から出てきた。数分後、今度は別の階の住民が「始め!」の合図とともに一斉にマンションに駆け込んでいく。

この作業に参加していた衣類を放り投げていたのはどんな人なのか。ヘルメットの隙間から汗を流して荷物を運んでいた男性に話をきいた。

男性はトウさん、41歳。電力館系の会社で働いているという。妻のデンさん、犬4匹と一緒に20年近く、マンションで暮らしていた。地震の時、トウさんは早朝出勤のため、部屋には犬と妻が残されていた。「40秒くらい揺れが続いた。建物が沈んだかどうか確認するほど強い地震だった」とデンさんは振り返る。トウさんが慌てて帰宅すると、デンさんは部屋で泣いていたという。2人は急いで逃げて、命は助かった。ということです。

実は、地震の被害に遭ったのは、2人がコツコツためたお金で2年ほど前にローンを払い終わった部屋だったそうです。

「このビルが危ないという情報はまったくなかった」と2人は話す。最後にトウさんがぽつりと言った。「20年苦労してようやく完済したものが、わずか40秒で消えてしまった。つらいですね」

いや、これは心中お察しいたします。私の記憶の限りでも、それは日本においても同様で、阪神淡路大震災以降の地震災害では、同じ境遇に遭われた方が毎回報道されています。

残念ながら日本には木造住宅がまだまだ多いです。日本で自然災害といえば地震だけではなく、台風や雷、突風や豪雨、洪水や津波、さらに色々な要因による火災なども含めて、建物の強さを確保しなければいけません。

それは35年という長期間、ローンを払い続けることを考えてもそうなんですが、返済期間中も返済完了後もその対象建物の価値が残っていなければ、価格以上の価値があるとは言えませんね。

いつか台湾の方達にも、RC(鉄筋コンクリート)住宅を提供できるようになれたら良いと思います。

最後に記事にあったのは、デンさんは続けた。「日本の人は今回の地震で『東日本大震災のお返し』と、私たちを助けてくれている。本当に感謝したいです」とのことで、2人で力を合わせて手に入れた部屋を一瞬で無くし、大変な状況の中、口にしてくれた日本への思いに、胸が詰まったということです。

引き続き台湾の方々にできる支援を送っていきたいと思います。

それでは。

今日もありがとうございます。

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